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テキストを書く

大田 陽彦
__ 
本日はGesu◎の大田さんに色々お伺いしたいと思います。今日はどうぞ、よろしくお願いいたします。最近の大田さんはどんな感じでしょうか。
大田 
よろしくお願いします。12月にTHATRE E9 KYOTOで第四回公演『壁を背にして』があるので、それに向けて今稽古しているという感じです。
__ 
稽古はどのような形で進められているのでしょうか。
大田 
今回初めてテキストを書くことに挑戦しています。テーマに沿って俳優たちと話したことをもとに、短めのテキストを書き、それを読んでもらって。僕はこれまで演出しかしたことがなく、初めてのやり方なのでどうなるか分かりませんが、実践してみる、というところですね。
__ 
私はGesu◎の公演はまだ第三回しか拝見していないのですが、あらかじめ台本は無く、いくつかのテーマについて公開討論を行う。つまりオープンダイアローグ演劇だったのですよね。
大田 
第三回公演は、話はある程度決めていましたが台本は作らずに「なんとなくこういう順番で話す」「なんとなくこういうことをやる」ということだけ決めて上演しました。テキストを書くのは人生で初めてなのでどうなるか分かりませんが、ワクワクしています。そんな心地よさと気持ち悪さが半々です。
__ 
その心持ちが上演にどう影響してくるんでしょうね。
大田 
まだ全然分かりません。今回は「壁」がテーマなので、壁という単語から連想されること、最近のニュースや出来事など、様々なアプローチから皆で話し合う時間を取っていましたが、やっと短いテキストを書いて読んでもらう段階になりました。立ち上がった、という感じです。

探る

__ 
第三回公演『話せば、』大変面白かったです。3人の俳優がいくつかのテーマについて議論をし、観客も手持ちのスマートフォンでシステムから意見を書き込める。その意見はリアルタイムに背面のスクリーンに映し出される。「議論演劇」・・・と私が勝手に名付けたんですけど、より注目すべきなのはその形態を探っていく活動にあるのではないかなという気がします。完成されたパッケージを上演するんじゃなくて、その可能性を探っていくという姿勢に興味を持ちました。
大田 
そうだと思います。はい。そんな感じですね。
__ 
笑の内閣が過去、ディベート演劇なるものを作っていましたが、それは台本がちゃんとありました。『話せば、』がどうだったかはわからないんですが、でも決定的に違うのは仮説を立てながら、検証し続ける姿勢でしたね。
大田 
あまり、ディベート的なことをするのが好きじゃないというか。ディベートは勝ち負けがついてしまうので。『話せば、』ではなるべく判断を先延ばしにする、明確な答えや判断を保留しつつ、お互いの気持ちや考えを探り合う状態を続けられたら良いなと思いました。最近の言論空間は強い結論に引っ張られがちなので、それを避けるためです。決断を留保しつつも、結果的に決断を迫られるので、お客さんに投票してもらい、話し合いながらもどちらかに決めてもらうシステムを導入してみました。これが作品全体でどれだけ上手くいったかは検証できていませんが、僕の中ではそういう意図です。
Gesu◎第三回公演『話せば、』

Gesu◎第三回公演『話せば、』
〈対話の敗北〉シリーズ2作目。
「開かれた演劇/劇場を開く」
Gesu◎2023年10月、大田陽彦・山西由乃を中心に結成。参加者・観客との対話を通じて、作品の創作プロセスを常に検証しながら、演劇における政治性・芸術性・ポストドラマ性を追求する。
構成・演出=大田陽彦
出演=青長侑希、中野花梨、山西由乃ほか
料金:2500円(前売2000円)
公演:2025年8月21日(木)18時/22日(金)18時/23日(土)13時・18時/24日(日)12時

「私たち」

大田 陽彦
__ 
演劇としてうまくいくというところは重要ですか。
大田 
難しいですね。上演として面白いかどうかがどれだけ大事かはまだ分かっていません。人が集まって同じ時空間を共有し、ぼんやりと考えながら帰る状況が良いと思っていて。僕が伝えたいことを明確に伝えて納得してもらうのではなく、ぼんやりといろんなことを考えられる「場」や「空間作り」をしたいという気持ちがあります。いわゆる上演としてのクオリティが高いことが僕の中でどれだけ大事かは分かりませんが、その反面、かっこいい上演、ハイクオリティなパフォーマンスには憧れます。ただ、『話せば、』ではそういう点を出さず、観客がどう話し合えるか、上演に関われるかの「仕組み作り」を模索しました。
__ 
テストをした?
大田 
テストというか、そうですね、結局、人と人が会って話すことが大事だと改めて感じます。選挙でも街頭演説が未だに力を持つように、生の肌感覚や誰かが誰かを直に見る状況が力を保持するのだと。そういう対面で話すことの力をいい方向に出し、面白く作れないかというのが、『話せば、』の探りだったと思います。
__ 
まさに民主主義と向き合うことになる上演だと思います。『話せば、』のテーマの一つにインバウンドについてが出てきましたが、まさにうってつけのテーマでした。会場である東山青少年センターは常時外国人観光客で混雑する東山五条に位置し、その一室でのインバウンドについての議論演劇は、私たちこそが「私たち」であると強制的に意識させられました。しかし、その議場がいま現出しうるっていうことはちょっと希望だと思います。
大田 
「私たち」という言葉がどうなるかは気になっています。日本人は民族性と「私たち」が強く結びついていますが、今後どうなるか。多分10年20年で大きな決断を迫られる可能性があります。僕の住んでいる地域の保育園でも外国ルーツの方が多く、どうやって「私たち性」を担保するかが問題です。言語や文化で「私たち」を狭く区切り、他者と壁を作る時代ですが、どうしたら緩やかに「私たち性」を作れるかに関心があります。これは民主主義を考えることと同じで、最近の演劇などでは当事者が自分のことを語ることが多いと感じます。当事者が語ることで言論空間が変わる可能性はありますが、自分じゃない誰かのことを語る視点がないと、緩やかな「私たち性」は作れないだろうと思います。つまり『話せば、』は自分のことを語る形式でしたが、他者の言葉を語り、自分じゃない人のことを考える視点が必要だと感じています。
__ 
他者性というものですね。それが無いと建設的な議論は難しいですよね。
大田 
そうなんですよね。僕は演劇を手段として用いている側面が強いです。面白い作品を作って楽しませたいというより、演劇的なものを使って「どうしたら人と上手くやっていけるか」「民主主義のより良い形はないか」などを考えたい思いが強いです。だから上演的でない、演劇っぽい選択をすることが多い。第三回公演から上演っぽくないようにしようかとも迷っていましたが、上演的でない場で人が集まって何かを喋ることは実は稀だと再認識しました。『話せば、』を通じて、特定のものを作り、舞台を上演して多くの人に見てもらうことの難しさ、すごさを客観的に認識しました。僕の目的は演劇自体が目的ではなく、この団体をもう少し長く続けつつ、演劇という概念の中で様々な形を作り出し、この目的を達成することにあると思っています。
Gesu◎第四回公演『壁を背にして』

〈対話の敗北〉シリーズ三作目:「壁について」

構成・演出:大田陽彦 
キャスト 中野花梨 増田知就(ブルーエゴナク) 山西由乃

壁によって隔てられたわたしたち。
内側と外側。わたし(たち)とあなた(たち)。
さて、この壁とどのように向き合おうか。
壁の向こうのあなた(たち)と、どうやって話そうか。

今、というより、随分と昔から、わたし(たち)は壁によって隔てられている。壁によって隔てられることで、わたし(たち)は、わたし(たち)とあなた(たち)になっている。壁の向こうのあなた(たち)とは、見た目もコトバも考え方も、何もかも違うかもしれない。じゃあ、どうやって壁の向こうのあなた(たち)と話すことができるだろうか。壁とどのように向き合うことができるだろうか。「壁」と、それを挟んだわたし(たち)とあなた(たち)について考えてみる。

日時:
2025/12/12~14
一般3,000円/U30 2,500円
上演+批評会 約100~120分

哲学対話

__ 
大田さんのその目的を言語化することに意味があるでしょうか。
大田 
ああ。難しいですね。
__ 
なんだろう、議論演劇を使ってカルチャーベートをしてきたいんだみたいなことがあるんだったらいいんですけど。それをわざわざ今言わせて、具体的な目標を意識させてしまうことをちょっと恐れてるんですが。
大田 
結構言語化癖がある方で、やりたいことを言葉にしてはっきりさせてやるタイプなので、際どい目標はそう設定しないとやっていけない感じです。2年前と今やっていることは違うかもしれませんが、この2年で本質的に思っている気持ちは同じで、ちゃんと言語化できている感覚があります。さらに2年後には違うことを言っているかもしれませんが、目標を更新しながらも今考えていること自体は変えずにやっていけたらいいなと思っています。
__ 
目標ですね。すこし話はずれますが『話せば、』の上演中に例えば意図から外れたアクシデントとか、ハプニングはありましたか。
大田 
多分あまりなかったですね。もう少し何かが起きてもいいという余裕があった方が面白かったのかなと思っています。指摘されたのは、案内の「お席は自由に移動しても大丈夫です」という部分について、「基本的には座っていないといけないのですか」と聞かれたことです。確かにと思いました。もっと自由に動いてもいいし、コメントモニターにももっと近づいて見に行くなど、イレギュラーな部分や自由な部分を上手に作りたかった。むしろハプニングをしなさすぎた感じでした。ハプニングを起こしたかったんです。俳優も言うことが決まりすぎていたので、それに抵抗したかった気分もあります。もう少し遊びがあった方が良かったのではないか、という感想は逆にあります。意図してないことを起こしたい。そうでないと『話せば、』みたいな作品は面白くないのかもしれない。だから、このような形を何度も回数をこなして改良していく方が良いのではと思います。
__ 
いいですね、議論民主主義演劇。お客さんとしてはまあありがたいですね。なんだろう、学校でも会社でも、議論なんてほとんど経験することがない。大学教育とかじゃないとディベートなんてやらない。高校とかで簡単なやつを1回2回やるぐらい。就職すると、その会議体の中では基本的に自由には話せないです。ブレインストームとかもあまり実現しない。そういう現実があるから、『話せば、』という機会はとても貴重だと思う。
大田 
お客さんの関わり方の程度を選べるようにしたいです。ただ、『話せば、』だとスマホでコメントを打つかどうかぐらいで、今後の改良版では、話したかったというお客さんがいたので、参加の度合いの幅が広いと良かったかもしれません。ただ、観客参加型の演劇で上手くいっている場を見たことがなく、強制的に話させたり、答えが決まっていて聞き出すだけのような場は面白くないと思っています。世の中には多様な考え方があるので、そういう人たちと上手く話したり、議論の場に引き込む方法を考えたい。周りにはリベラルな人が多いので、小劇場を見ている人もそうかもと思っていますが、それはもったいない。違う考えの人をもっと集めたい。小劇場だけだと意外性がないので、違う考えを持つ人たちにどうアプローチするか、例えば街に出てやるなど、議論の場をどう移動させるか、街に持っていけるかが今の課題です。『話せば、』の形でやっていく作品の中ではそういうことが課題になります。
__ 
そうですね。対面で会うことにきっと意義はあるでしょうね。
大田 
哲学対話のようにルール(相手の話を最後まで聞く、否定しない等)に則って話すのが基本ですが、ルールを知らない人や守れない人もいるのが現状です。今の言論空間ではそういう状況が作りにくい。YouTube上の政治議論などは感情的になったり強い言葉が優先されがちです。ルールを知らない人や守れない人とどう安全に議論できるかが課題です。ルールを守れる人同士なら上手くいくかもしれませんが、世の中そう簡単ではありません。意見が違い嫌な気持ちになるのは分かりますが、考えが違ってルールの共有もできていない人とどう話せるか。オープンダイアローグや哲学対話は意義ある活動ですが、ある程度の大人でないと成立しにくい。大事にしつつも、ルールを守れない人や知らない人を、どうやって無意識のうちに議論の内部に巻き込んでいけるかが必要です。これはルールというよりシステムや空間構造で安全な場を作れないかと模索しています。難しいとは思いますが、模索する必要は感じています。
__ 
色んな様子が流動的じゃないですか。客観的に。システムは、どう変わっていくべきかっていうと、やっぱり流動的に変わりながらも適応し続けなければならない。結構難しいことをしていかないといけないんでしょうね、きっと。
大田 
多分、歴史的に繰り返されてきたことかもしれませんが、一旦これを目標にやってみようと思います。難しいし、上手くいかない可能性もあるでしょうが、それをやってみる価値はあると信じて、演劇的なことを一旦やってみる、という感じです。

壁の向こう

大田 陽彦
__ 
12月には対話の敗北シリーズ『壁を背にして』ですね。壁は人を区切るものという風なイメージがあるんじゃないかな。まずそういう風に捉えられるけど、同時に人を守るものでもあるという。どんな作品になりそうですか。
大田 
『話せば、』は風通しの良い言論空間でしたが、第四回公演は真逆で、風通しを完全に断ち切ります。ネタバレですが、劇場の空間を半分に区切り、客席を二つ用意し、反対側は音は聞こえるが見えないようにします。全てが見える『話せば、』とは対照的に、情報を完全に遮断してみようと思います。ただ、音が漏れて聞こえてくる感じは良いなと。壁というテーマは擦られていますが、アクチュアリティはあるのでやるしかないと。『壁を背にして』というタイトルは、背水の陣のような意味もあり、壁の向こう側をどう想像できるかに興味があります。壁に背をつけ、向こう側の音を聞き、世界を想像すること。それは「私たち」と「私たちではないあなたたち」をどう想像しうるかを含めて付けました。
__ 
演劇に長く関わり、色々なお客さんの空間を経験しましたが、壁を間に客席を分けるのは初めてです。
大田 
そうなんですね。

質問 大塚啓さんから大田陽彦さんへ

__ 
前回インタビューさせていただいた方から質問をいただいてきております。劇団三毛猫座の俳優、大塚啓さんです。最近は大喜利プレイヤーとしても活躍中です。「東京タワーから飛び降りて、絶対怪我をしないとしたら飛びますか。」
大田 
あ、絶対に怪我しないんですか。飛ぶと思いますね。やったことないことをやりたい派なので。高い所は苦手ですが、スカイダイビングとかやってみたい。新しい発見があるかもしれないという気持ちで。

感想が半分に割れる

__ 
大田さんが演劇を始めたのはいつからですか。
大田 
母校は東京の中高一貫校で、中学2年生の時の担任の先生が演劇部の顧問でした。その先生が平田オリザさんと関わりがあって、中学3年の夏休みにオリザさんのワークショップに勧められて参加しました。短いテキストをグループで上演するワークがあり、たまたま演出役をやったらオリザさんに軽く褒められて。演劇をやりたいと思ったのが人生の大きな転機です。高校演劇部(男子校)に入りましたが、当時はとにかく演劇をたくさん見に行っていました。青年団系の演劇はほぼ全て見ていました。当時は小劇場演劇への志向が強かったです。京都に来て大学に入り、劇団ケッペキに所属してから演出を本格的にやるようになりました。
__ 
大田さんは、ご自身の作る演劇のお客さんにどう感じてもらいたいですか。
大田 
難しい質問ですね。僕はこうあるべき、こうしたいという考えは多いですが、それを真っ直ぐ伝えたいわけではなく、むしろ「こういう考え方もあるけど、皆さんはどう思うか」を共有したい派です。お客さんも色々な考えがあると思うので、色々な考えがあって共有できると嬉しいです。オリザさんが何かの公演のアフタートークで「感想が真っ二つに割れると嬉しい」と言ってて。私もそこに共感します。お客さんの思ったことがバラバラになりつつも、それぞれ満足した状態になるのが嬉しい。作品の中に多面性があり、色々な見方や捉え方ができる状況が良いです。とはいえ私見も伝われば嬉しいですが、説得する形でなく「どうですか」という提案程度になればと思います。あとは絶対に批評会はやりたいです。『話せば、』までは司会をしていましたが、次の第四回公演からは変えるつもりです。僕が司会だと意図を聞かれ、それを話すと納得して帰ってしまうので。僕以外の誰かに司会をしてもらい、皆が平等に発言できる場を作りたいです。批評会は必須で、上演して帰るだけでは面白くない。お客さんも平等に発言権がある「議論の場」を作り、そこで何かしらの発見や盛り上がりがあると良いと思います。

言語化を嫌う人にも・・・

__ 
参加型演劇、これからも楽しみです。
大田 
Gesu◎のもう一人の代表である山西さんは参加型演劇が苦手なタイプです。僕自身も手を挙げて参加もしない方かもしれません。『話せば、』では匿名でコメントが書けましたが、そうすることで話せるようになるという人もいれば、やっぱり何も書かない人もいます。選択肢が多い方が良いと思いつつ、迷っています。どういうコミュニケーションが効果的か、倫理的に良いか悪いかは分かりません。どんな人でも参加しやすい雰囲気作りができないかと考えています。発言を強制したいわけではなく、言語化を嫌う人とどう繋がるか。どうやったら全てを一旦許容できるようにして、その人たちと一緒にやっていけるか。僕は、演出家というよりファシリテーター的な気質が強いのかもしれません。空間作りや人とのコミュニケーションの取り方が重要だと感じています。

スマートフォン用ポーチ

大田 陽彦
__ 
今日ですね、お話を伺えたお礼にプレゼント持ってまいりました。
大田 
ありがとうございます。すごい。もうこういうポーチがすごい好きで。バッグに持ち物を入れる場所とか全部決めてるんですよ。こういうのあるとめっちゃ嬉しいです。
(インタビュー終了)