続く稽古の日々
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- 今日は劇団アンゴラ・ステーキの俳優である熊谷帆夏さんにお話しを伺います。どうぞよろしくお願いします。最近の熊谷さんはどんな感じでしょうか。
- 熊谷
- よろしくお願いします。やっと年内の舞台が終わりましたが、一息つく間もなく1月・2月の公演の稽古が佳境に入っています。昨日が年内最後の稽古で、あとは忘年会があるくらいですね。
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- お疲れ様です。それぞれの公演についても教えていただけますか。
- 熊谷
- 1月は青春探偵というエンタメ寄りのシリーズ作品に、新参者として参加します。2月は大阪現代舞台芸術協会(DIVE)のプロデュース公演で、ジョージ・オーウェルの「1984」をモチーフにした「11998844」という作品です。
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- 見に行こうと思っていました。3月にもアンゴラ・ステーキでのご出演がありますよね。
- 熊谷
- はい。京都のTHEATRE E9 KYOTOで、ショーケース企画「STEP2026」に参加して『スライド』というナンセンスコメディを上演します。今年は本当に休みなしで演劇をしていたので、生活のほとんどが芝居で埋まってしまいました。なので、年末年始のお休みをとっても楽しみにしていて。妹と何をして遊ぼうかなんて話をしています。
劇団アンゴラ・ステーキ
関西の小劇場を中心に「ナンセンス、ノーウェィヴ」をモットーとして活動。
DIVEプロデュース公演「11998844」
原作:ジョージ・オーウェル『1984』
作:泉宗良(うさぎの喘ギ)
演出:泉宗良(うさぎの喘ギ)・西田悠哉(劇団不労社)
公演日程:2026年2月28日(土)~3月1日(日)
会場:メイシアター 中ホール
異なる劇団で活躍する演劇作家の協働作品をプロデュースして大阪の現代演劇の魅力を伝えてきたNPO法人大阪現代舞台芸術協会(DIVE)。今回は、ディストピア小説の最高傑作ともいわれているジョージ・オーウェルの小説『1984年』を、うさぎの喘ギの泉宗良が現代の視点から改作し、劇団不労社の西田悠哉と共同で演出します。関西の若手演劇作家として注目を集める2人のタッグをお見逃しなく。
青春探偵THE FINAL 演劇だョ?!青春探偵
青春探偵とは?
熱血スポーツ男・大塚雅史と文化系コメディ男・高瀬和彦がタッグを組み、大人もティーンエイジャーも楽しめる青春ドラマを作ろうと2011年に立ち上げたプロデュース・ユニット。
創り出す物語は、「青春探偵」こと西条青春が学園に乗り込み、強引に青春を取り戻させてしまう、ミステリ仕立ての青春群像劇!
会場:ABCホール 日時: 2026年1/30(金)19:30 1/31(土)12:00・16:00 2/01(日)14:00
終わらない絶望/再生
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- 2025年のご活動を辿らせてください。まずはベイビー・ランの「君のからだは川になる」。冒頭のライブシーンから一気に引き込まれました。
- 熊谷
- きみかわ(と座組で呼んでます)は、作・演出の田中陽太の作品の中でも特に動きが激しい舞台でした。彼の作品は最後にカタルシスを持ってくるのが特徴ですが、今回は少し質感が違って。作品を象徴するテーマソングを最初に持ってきたのは初めての試みだったと思います。
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- どこか永劫回帰的な、世界の終わりを感じさせる演出でしたね。
- 熊谷
- 終わってもまた始まってしまう。それを肯定するのではなく、淡々とした虚無感として描いていました。
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- 舞台上の青ビニールシートから自分が生まれ直して、また次が始まってしまう。その「ずっと続いていってしまう」感覚。
- 熊谷
- そうですね。永遠に「ぼく」とか「きみ」がずっと続いていってしまう。演じていても難しかったです。「おめでとう」という言葉が台詞と台詞の間に事あるごとに挟まるんですが、全く祝福に聞こえないという。100%の祝福ではない「おめでとう」が散りばめられていましたね。私たち世代が感じている絶望みたいなのを、常にベイビー・ランは纏っているなと。
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- 私は田中さんより多少年上なのですが、彼の世代が抱える「どうしようもない怒りや絶望」が何となくわかります。
- 熊谷
- そうですね。絶望を悲観的に表現するというより、私たちにとってはこれが日常なので。絶望があるということが。出ている身で言うのもあれですけど、客観的に見て、その絶望具合をシュールにしたり、面白おかしく表現することでライトに受け止めやすくなる。その虚無感みたいなのがリアルに伝えられるんじゃないかと思います。この虚無感とどうしようもない絶望具合が日常に続くんだなと。
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- 「私は絶望してるんだ」と真顔で相談する人ってなかなかいないですし、ヘラヘラしながら言う人がほとんどですしね。この絶望の中、でも生きていくしかないよね、という作品だったんじゃないかなと思いました。
- 熊谷
- ありがとうございます。
ベイビー、ラン
演劇ユニット「ベイビー、ラン」です。赤ん坊のようにままならない身体と、それでも前に進みたい/走り続けたいと思う心。
グルーヴ感
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- 兵庫県の演劇人コンクール2025での「DOLL」(作・如月小春)についても伺わせてください。審査員奨励賞と観客賞を受賞されましたね。おめでとうございます。
- 熊谷
- ありがとうございます。かなり無理なスケジュールだったんです、正直なところ。書類審査に通ったと聞いたのが別の公演(ABnormal Ceremony)の小屋入り真っ最中で。私がキャスティングされることも半ば決定事項のようになっていて(出演予定のところにすでに名前がありました。笑)。でも、短い期間だからこそ熱量の高いメンバーがギュッと集まり、充実した創作ができました。田中DOLLの初演は大学の卒業制作でしたがそれが衝撃的で。しかも演劇人コンクールの企画として60分に収めなきゃいけないので、初演を超えるのは難しいと思っていました。が、彼のシアターゲームを用いた手法は、既存の脚本でも新たな演出法として成立することを証明できたと思います。彼は「役者の身体性を揃えることでグルーヴ感を生む」という考えを持っていて、それが客席にまで侵食していくんです。
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- 身体の動きを揃えると感情や台詞が変わる?
- 熊谷
- はい。例えば「エリア内を歩き続け、笛が鳴ったら手を繋ぐ」というルールだけを徹底します。そこから「このタイミングで手を繋ぐと台詞がどう響くか」を丁寧に探っていくという。
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- 動きが決まっていく中で、役の本質が浮かび上がってくるんですね。
- 熊谷
- 身体性を先に揃えることで、自分の役としての感情だったり、セリフだったりが変わってきます。それはいい意味で別に私じゃなくてもできる上演なんです。もちろん役者個人の力があると判断してキャスティングしてくれていると思っているんですけど、いい意味で彼の演出方法は、何でしょう、組体操みたいに全員でやる舞台芸術なんです。身体性からアプローチしていって、そこから生まれる感情を大事にしながら、その身体性でグルーヴ感を作っていく。いい意味でどんな役者でもできる演出だな、と。
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- それがグルーヴ感ということなんですね!
- 熊谷
- どういう風に揃えるか、というのは作品ごとに違っていて、彼の思う作品の本質に近づけられるようにしていますね。
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- その身体性は、現代性と切り離せないと思うんですけど、私たちの体の動きも昔の人とは違ってきている。ちょっとずつ変わっていくものを取り入れる、というところがあるのかもしれませんね。
演劇人コンクール2025
<演劇人コンクール>は我が国の芸術文化と舞台芸術を担う次代の才能を発掘・支援する、コンクールです。
2000年、演劇の聖地・利賀村で、演出家を対象としたわが国初のコンクール<利賀演出家コンクール>として誕生。2008年から受賞対象を舞台創造を担う各部門全体に拡げ、舞台を構成するさまざまな表現に関してその力量を競い合うコンクール<利賀演劇人コンクール>となり、さらに2012年からは「地域を越え、国際的に活躍できる演出家の発掘と養成」を柱に、演出家の支援と顕彰とともに各部門の演劇人への奨励賞を設け、継続支援のプログラムを充実させてきました。
そして、20年を一つの区切りに、2020年からは、新たに豊岡の地で引き継ぎ開催してきました。
「新たなコンクールのあり方」を検討した上で、2024年より若手(原則35歳以下)を対象とし、審査員の一部に「公募審査員」を導入し、本年も上演審査(課題戯曲の上演)を公開いたします。
日程:2025年12月20日(土)- 12月21日(日)
スモールシアターKIKIオープン記念 ロングラン公演企画 劇団アンゴラ・ステーキ×ベイビー、ラン 【 ABnormal Ceremony 】
公演期間:2025/9.21~10/5。会場:スモールシアターKIKI(大阪・千林)
サジナを「着る」
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- 劇団アンゴラ・ステーキの「コンビニ・オルタナティブ」では、バングラデシュ人の技能実習生サジナを演じられましたね。
- 熊谷
- 演出の中村は「ほなっちゃんじゃないと」と言ってキャスティングしてくれたんです。つまり「熊谷じゃないといけない理由」があったようですが、私自身は彼女の境遇に安易に寄り添えない距離を感じていました。実体験もない私が、彼女たちのことを「分かった気になって」演じるのは、あまりに失礼ではないかと。ただ、一つあるとすれば、あの作品の演出はすごく器用なことが求められるので、器用さと作品の情感を忘れないバランスを保ち続けてほしいという意味で私をキャスティングしてくれたのかな。
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- その葛藤。どのように向き合ったのでしょう。
- 熊谷
- 「知らない私は、あなたのことを理解しきることなんて絶対にできない」と認めて舞台に立つことにしました。彼の演出はそれを肯定してくれていて、私がエプロンを着てからサジナが始まり、脱いで終わるという形をとっています。「私はサジナを着ているだけで、彼女そのものではない」という距離感を保つことが、観客に対しても誠実だと思ったんです。私はサジナを着て今サジナを演じています、その演じたサジナを見てどう思うか、というのをお客さんに任せる、という。
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- だから「オルタナティブ」なんですね。ダルマのように服が着膨れしていくと日本語が流暢になっていく、という演出もリアルな不気味さがありました。周りの模倣がいつの間にか自分の言葉になってしまう。それは彼女が生きていくための「適合」だったのでしょうが、母国語を忘れていく様は観客には悲しく映ります。AI音声の使い方も印象的でしたね。
- 熊谷
- あのモノローグは一度自分の声で録音してみたのですが、どうしても感情が乗りすぎてしまって。AI音声のフラットな響きの方が、むしろ彼女の内面を悲観的にも楽観的にもならずに伝えてくれると判断しました。安易な共感に逃げず、一人の人間をモノローグとして描き切る。
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- さきほどサジナを演じることに抵抗があるとおっしゃっていましたが、それは具体的にどういう感覚なのでしょうか。
- 熊谷
- サジナを演じることへの抵抗というのは、決して「嫌だ」というような忌避感ではありません。作品内での彼女は、今の日本の外国人労働者問題の渦中にいる人たちを象徴するような存在ですが、そうした境遇にない私が、あたかも全てを「知ったふう」に演じるのは、当事者の方々に対してすごく失礼な気がしたんです。
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- 当事者ではないのに役者として演じることに矛盾と葛藤があった。
- 熊谷
- 「知ったふうにせず、知らない私はあなたたちのことをちゃんと知ることなんて絶対にできない」と認めて舞台に立つ。そう決めたことで、ようやく消化できた気がします。いわば「知らない私がやる意義」を見出したというか。私の中では、相手を理解しようとする「試み」そのものに大きな意味がありました。確実にたどり着くことはできないけれど、知ろうともがく過程にこそ価値がある。そのもがいた末に生まれたものを、私というフィルターを通して観客に見てもらうことに、意義があるのではないかと考えました。
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- 安易な共感ではなく、その距離そのものを誠実に描こうとしたのですね。
- 熊谷
- そうですね。この作品で何より大切にしたのは、これをあくまで「サジナという個人の物語」に留めるということです。「これが今の技能実習生の全てですよ」と提示してしまうのも、やはり非常に失礼なことだと思うんです。もちろん、サジナを形作るためにリサーチは徹底的に行いますが、それはあくまで彼女という一人の人間を作るためのベースであって、特定の集団を代表して表現するためではありません。あくまでサジナ一人のモノローグなんです。そこは演出の中村とも「細心の注意を払ってやろうね」と繰り返し話をしました。「絶対に私たちは彼らのことを本当の意味では理解できない。けれど、やる意味はある。だからこそ、知ったふうな上演だけは絶対にしたくない」と。サジナという一人の人間を真摯に描くこと。そこにゴールを設定して、この創作を積み上げていきました。
コンビニ・オルタナティブ
作・演出:中村圭吾
出演:熊谷帆夏
【あらすじ】
「ワタシはサジナと言います。20歳です。
バングラディッシュから日本語を学びに、日本へやってきました。
日本語を学ぶお金を得るために、コンビニで働いています。
(コンビニの制服は、祖国の人間の不法労働で作られています。)
コンビニで働く理由は、生活で使える日本語を学ぶことができるからです。
(祖国の若者が血を流して守ったベンガル語の響きを忘れてしまいました。)
(街ゆく人の衣服には、母の血がついています。)」
日程:9/23(火・祝)・27(土)・28(日)・30(火)・10/4(土)・5(日)
あっけらかんとした役
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- よるべの「三角形の片隅は」では、これまでの重厚な役とは打って変わって、カフェバーの店員(アキちゃん)という軽やかな役でしたね。
- 熊谷
- 私、ああいうあっけらかんとした役って全然回ってこないんです。普段は悩み多き役や理知的な役が多いので。でも映像を見返すと、作品の中でちょっとしたマドンナ的なポジションになっていて新鮮でした。ベテランの方たち、ずっとお芝居をやってきた強い人たちに囲まれていたので、「大丈夫かな、ちゃんと役として浮いていないかな」と思いながらやっていました。
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- サジナを演じる時との違いはありましたか。
- 熊谷
- 「アキちゃん」は自分と地続きの人間性だったので、抵抗なく演じられました。社会問題を扱う作品でも、よるべはより物語的でライトに役と向き合える。自分とは違うけれど「こういう人いるよね」と思えるキャラクターを演じるのは、純粋に楽しかったです。
よるべ「三角形の片隅は」
<あらすじ>
タケルと連絡がつかなくなった。最近なんか付き合い悪いな、とか思ってたら。
どこ行ってんだろうと、テツヤと一緒にタケルのマンションの裏で待つ。
このマンションの1階、ついこの間まで韓国料理屋だったけど今は空っぽ。
すぐ潰れるんだよね、ここに入った店。まあ、どうでもいいんだけど。
だらだらだらだら、朝が来るまでの時間をやり過ごす。階段下で溜まってると、住民のお姉さんに舌打ちされる。
だって、しょうがないじゃん。三角形の、あのいつもの公園は、もう俺らの居場所じゃなくなった。まあ、別にいいんだけど。
ある日、空きテナントの裏口から明かりが漏れる。
噂だと、新しくカフェ&バーができるらしい。なんだよカフェ&バーってどっちかにしろよ。
どうせ、すぐ潰れるだろうその店で、朝になったら、コーヒーを買おうと、思ってたのに。
公演期間:2025/7/18~21。会場:ウィングフィールド。脚本・演出家:田宮ヨシノリ 出演:あっぱれ北村(シイナナ)、久野泰輝(REFUGIA)、熊谷帆夏(劇団アンゴラ・ステーキ)、田口翼(チーム濁流)、中村彩乃(安住の地/劇団飛び道具)、増田知就(ブルーエゴナク)、山本魚
一本の道
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- 熊谷さんが演劇を始めたきっかけをお教えいただけますでしょうか。
- 熊谷
- 小学校2年生の時です。ありがたいことに親が何でも習い事をさせてくれる人で、当時は書道、水泳、なぎなた、英会話と色々やっていました。毎日違うカバンを持って習い事に行くような日々を楽しく過ごしていました。そのうち、英会話を辞めることになって枠が空いた時に、ちょうど児童劇団の団員募集のCMが流れていて。「児童劇団って何?」と母に聞いたら、保育園や幼稚園のお遊戯会でやったようなことよ、と言われて。
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- お遊戯会での思い出も教えていただけますと幸いです。
- 熊谷
- こぶとりじいさんのおばあさん役をやった時に、めちゃくちゃ褒められたんです。自分も楽しかったし、舞台に立つのが楽しいと思えていたので、あんなことがまたできるならと思ってオーディションを受け、無事に合格しました。最初は習い事感覚で、本格的にやりたいと思ったのは、2年後の小学校4年生の時です。宮沢賢治の「双子の星」を基にした作品の上演があって、双子のチュンセとポウセのうち、ポウセ役に選ばれたんです。それが初めての主役でした。そこで役と向き合うとか、どういう風にシーンを作ってセリフを発するかをちゃんと考えて、自分の中で納得のいくお芝居ができた。あの瞬間が初めてで、ずっと演劇をやっていきたいと思うきっかけになりました。
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- 小学校4年生の時に「役を考える」という体験をされたんですね。そこから役の作り方は変わりましたか。
- 熊谷
- それまでは端役ばかりだったので、「いかにその一瞬で印象に残るか」という役者としてのエゴでお芝居を楽しんでいたんです。でも主役を経験して、「作品の一部として機能する楽しさ」を知りました。そこから役の作り方は一気に変わりましたね。
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- ありがとうございます。では今の熊谷さんに伺いたいのですが、演技を作る初手で大事にしていることがあれば教えてください。
- 熊谷
- 一言で言うと「フィーリング」です。まず台本を読んだ時に、説明できない「質感」のようなものを観客に近い目線でキャッチします。そこから役のプロフィールを作り、最初に感じた答え合わせをしていく感覚です。本当に説明できないんですけど、特に声ですね。私は昔から、自分の喋っている声がちゃんと自分に聞こえるように、周りの音と外した音で喋る癖があるんです。必然的に男性が多い現場だと少し高く、女性が多い現場だと少し低く喋ります。そのフィーリングで読む時に、例えば粗野な役なのか、上品な役なのか。よるべのアキちゃんのような可愛い役なのか、それとももっと大人な役なのか。そこに座組の人たちの声の感じを総合的に判断して、この役はこの声で行こう、というのを本当に感覚だけで決めています。それは最初に読んだ時から最後まで大きく変わることはありません。
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- 周囲の環境や人間関係によって、役の声質、トーンが決定されるという仮説があるのですね。
- 熊谷
- 自分の中ではそうです。それを手がかりにしています。周りにない声を探るのは、自分が聞き取りやすくするためなのですが、結果的にその声が良かったと褒められることが多いです。ちょっとずるいやり方かなと思う時もあります。周りに合わせて声で目立とうとしているみたいに聞こえるかもしれませんが、そうではなく、あくまで自分に聞こえやすくするための結果なんです。でもそれを良いと言ってもらえるなら、自分の強み、武器としてやっていきたいなと思っています。
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- 理屈で固めるのではなく、研ぎ澄まされた「フィーリング」を武器にされておられる。非常に興味深いお話でした。
信頼
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- 餓鬼の断食「DOGHOUSE」についても伺わせてください。非常に印象深いお芝居でした。いわゆる「限界集落」の、ギリギリの場所に踏みとどまっているリアリティがありました。
- 熊谷
- そう言っていただけると、少しホッとします。私自身はあのような境遇にいたわけではないので、質感として大丈夫かなと不安もありましたから。脚本の川村さんのお父様がお坊さんで、お寺同士の繋がりや、そこに流れる空気を誰よりも知っていて。その点は全面的に信頼していました。
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- 限界集落の人間たちは本当に「しぶとい」と聞いています。インフラが老朽化したまま整備が止まっても、その土地を愛しているからこそ、生き延びるために何でもする。「DOGHOUSE」では、生まれ育った土地への執着がよく描かれていました。私は別に限界集落出身という訳ではありませんが、田舎を離れた人間の一人として心のどこかが搔き立てられました。そうですね、あれは「田舎を捨ててしまった」という罪悪感だったのかな。
- 熊谷
- 作中の、私が演じた「サクラ」もそうですね。彼女が母親に「出ていく」と言い出せなかったのは、自分が村を、母親を置いていこうとしている自覚があったからだと思います。
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- 慣れ親しんだ場所を離れるのは、心理的にも大きな負担です。でも、自分の人生を歩むためには避けて通れないこともある。さきほど、サジナ(『コンビニ・オルタナティブ』の役)を演じる際の「抵抗感」についてお話しされていましたが、そこに通じるものはありましたか。
- 熊谷
- そういう意味での抵抗感はあまりありませんでしたね。なんでしょう、サクラという役には家父長制やジェンダーの話がかなり絡んでくるんですが、それが私にとって身近に感じられるものだったからかもしれません。サジナの外国人労働者問題よりも実感があるというか。サジナを演じる時の「抵抗」は、彼女たちの境遇を「知ったふうに」演じることへの、当事者に対する申し訳なさでした。
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- 「DOGHOUSE」のサクラは、あの閉塞感のある環境に適合せざるを得なかった。田舎の、川沿いや山沿いに家が一列に並ぶような「一本道」の構造は、人のポジションや振る舞いを固定化してしまいますよね。
- 熊谷
- そうですね。めちゃくちゃ今、なんかしっくりきました。「一本道」の例えがすごくしっくりきました。
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- 物理的な逃げ場がないからこそ、嘘や偽装をしてでも誰かが犠牲になって全体を活かさなければならない。その犠牲に選ばれた一家のお話でしたね。物語の終盤、彼らの親族のおじさんが仏像を盗んで自分の倉庫に隠していたという展開も衝撃的でした。
- 熊谷
- あのシーン、実は本番の2週間前くらいに急遽できたんです。川村さんの中で「こうしないと救いようがない」という思いがあったようで。もし外国人が犯人だったら、なんとかこの村を生き延びさせるために外国人を入れていこう、とその外国人が盗ったとなったら救いようがない、というのもあると思います。
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- 個人的には、おじさんが仏像を盗むことでしか解消できなかった、心の「檻」のようなものを感じました。表面的な解説は劇中では取り上げられなかったようですが、あの家族の不器用さと、どうしようもない人間らしさが凝縮された結末だったんじゃないかなと思います。何か暗示してる気がします。舞台美術も素晴らしかったですね。劇団ケッペキによるセットが、稽古場とは全く違う世界観を作り上げていました。
- 熊谷
- 舞台美術の力は本当に大きかったです。あんなに豪華で、かつ緻密に作り込まれたセットの中で演じられるのは、役者としてこの上ない幸せでした。
ロームシアター京都×京都芸術センター U35 創造支援プログラム “KIPPU” 餓鬼の断食vol.5『DOGHOUSE』
“ すくう ” って、救済じゃなくて、掬い上げることちゃうん?しんどいか。
「人々の営み “ のみ ” を描くことによって、現代社会を映し出す」をテーマに創作してきた「餓鬼の断食」。若い世代が日常生活で用いるスラングを含めた高速の関西弁でまくし立てる会話劇に定評があります。今作の舞台は“ 限界集落の寺院 ”。寺院を営む一家とそこに集う様々なバックボーンを抱えた人々のもとに、ひとつの資本が参入してきて...。タイトルの『DOGHOUSE』は、まずいことをして家を追い出され犬小屋の中で小さくなっているさまを表したスラング「in the doghouse」(困った状況、面目を失うという意味)から。現代社会における “ 信仰 ” そのものが、ある種の「DOGHOUSE」に陥っていると捉え、現代における “ すくい ” とは何なのかに真正面から切り込みます。
日程:2025年12月5日(金)~ 12月7日(日)
会場:ロームシアター京都 ノースホール
質問 山本魚さんから熊谷帆夏さんへ
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- 前回インタビューさせていただいた、俳優の山本魚さんから質問をいただいてきております。「この先どうしていきたいか、夢があれば教えてください」とのことです。
- 熊谷
- 個人的には役者一本に絞ってやっていきたいと思っています。「プロの役者」の定義は難しいですが、お芝居だけで生きていきたいんです。というのは、自分のキャパシティとして、二足のわらじはできないと昔から感じていまして。高校進学の際、演劇科のある学校に行くか、普通の勉強をする学校に行くか悩んだのですが、その時、母に「あなたは軸を一つにすると、片方のことばかり考えて精神的に追い込まれるから、学業と演劇の二つにしなさい」と言われたんです。それで素直に普通科の高校に進みました。高校では国公立大学を目指して勉強しつつ、並行して養成所に通い、土日はお芝居をするという日々を過ごしましたが、やはり自分の中の比重は明らかにお芝居にありました。高校三年間で「お芝居の道をずっとやっていきたい」とはっきり分かってしまったので、わがままを言って大阪芸術大学に進ませてもらったんです。たとえ精神的に追い込まれることになっても、一本に絞ってやっていきたいですね。
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- どういう役者になりたい、という具体的な目標はありますか。
- 熊谷
- 小学校6年生の時に「求められる役者になりたい」と考えていました。お客さんにも、スタッフさんや演出家、共演者にも「あの人とやりたい」と思われる役者です。ありがたいことに、大学を経て、特に今年一年はその目標をある意味で達成できたような気がしています。あちこちからオファーをいただいたり、「あなたと創作がしたい」と連絡をいただいたりして。それはすごく嬉しいのですが、同時に「その次」を考えなきゃいけないとも思っています。役者として次のステップに進むにはどういう目標を立てればいいのか、今はそれを考えているところです。「この脚本家の作品に出たい」という大きな目標はありますが、そこまでの道筋をどう立てればいいのか。
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- 道筋があってないような世界ですからね。
- 熊谷
- そうなんです。案外、その道を通っていなかったつもりでもいつの間にか叶っていた、ということもありますし。ここから先をどうするか、誰も保証してくれませんから。役者一本でやっていく中で、この先どういう役者になりたいのか、じっくり考えていきたいです。
いつか
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- 「いつかこんな演技ができるようになりたい」というような理想はありますか。
- 熊谷
- 最近、映像の演技をやってみたいなと思っているんです。普段は舞台が中心ですが、舞台だと身体全体で表現するところを、映像では顔、特に「表情」で見せることになりますよね。そこに興味があって。最近は舞台でも顔を意識するようにしているのですが、そうすると「目が良かった」「表情が良かった」と言っていただける機会が増えたんです。自分の意識が結果として表れているのだと感じますし、映像でもしっかり観客の心を捉えられるような演技ができるようになりたいですね。
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- どれほどパフォーマンス尽くしの舞台であっても、やはり観客の視線が最後に集中するのは「顔」ですからね。
- 熊谷
- 大学時代に一度、映像学科の実習で演技をしたことがあるのですが、その記録映像を見て自分の「表情管理」の甘さに愕然としたんです。そこからドラマの見方も変わりました。表情一つ、目線の動かし方一つで、これほど物語の意味合いが変わるのかと気づいて。最近は稽古場の記録映像を見ても、顔の中で何が起きているのかが、自分でもよく分かるようになりました。
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- 表情というのは、その人が「どう行動しているか」そのものですからね。観客は最初の数分こそポーズやミザンス(立ち位置)を追いますが、次第に行動を通じてキャラクターを認識していきます。どう表情を作り、どう反応するかは、役者にとって非常に現実的な「勝ち筋」になるでしょう。
- 熊谷
- 「どう見てもらうか」をかなり戦略的に考えるようになりました。例えば、もしその役が絶望しているのなら、瞬きはしないはずだ、とか。そうした観点が自分の中に身についてきたので、もっと極めていきたい。極端に言えば、全然動いていなくても人を惹きつけられる、そんな存在になりたいです。
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- 一方で、作り込みすぎた表情がノイズになる場合もあります。やはりバランスが重要ですね。
- 熊谷
- そうですね。作品によって、表情の「質感」を自在に選べるようになりたいです。……そこで一つ伺いたいのですが、私は周りからどういう役者に見えているのでしょうか。何が強みだと思われているのか、客観的な意見が気になります。
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- お答えにもならないかもしれませんが、最近、私の中で「美人であること」の定義がますます分からなくなっていて。
- 熊谷
- ほう、と言いますと?
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- 熊谷さんは客観的に見て「美人」ですが、役者にとってその属性が何を意味するのか、という話です。以前調べたのですが、美形が映画やドラマに重用されるのは、観客が「感情移入しやすいから」という非常にシンプルな理由があるらしいんです。人間が鏡で自分の顔を見ると、実物より「6割増し」で良く見えるという脳の作用があるそうです。そのため、スクリーンに美形が現れると、脳が「これは自分だ」と一方的に勘違いしやすい。この心理的作用は、古くから研究されていることなんです。
- 熊谷
- それは、観客が無意識のうちに「自分」を投影しているということなんでしょうね。
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- 一方で、いわゆる美形ではない俳優が人気を博すのも、同じ構造の裏返しです。お笑いなどは、この作用を逆手に取っていますよね。そうなると、「普通」の顔立ちの人はどうなるのか。もちろん共感は得られますが、やはり「美形」という記号は、もっとも分かりやすく大衆の共感に訴えかける。特にビギナー向けの作品に美形が多いのは、観客が感情を乗せるための「入り口」として機能しているから、という側面があるようです。そうした点で、形状的な条件、自身の武器を把握して臨むのが大切な意識であり強みだと思いますよ。声質のニュアンスの話もその一つかも。
遠くへ
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- 劇団アンゴラ・ステーキ演出・脚本の中村さんに惹かれる理由というのは、どういった部分にあるのでしょうか。
- 熊谷
- すごく、何でしょう……彼は、自分の「好き」をめちゃくちゃよく分かっているんですよね。自分の「好き」を明確に把握していて、それをちゃんと言語化できるし、自分の作品に落とし込める。彼の中に確固たる美学があって、それがブレないからこそ、人を巻き込む力があるんだと思います。
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- 確かに、彼の世界観には強い磁力がありますね。
- 熊谷
- ただ、一方で「自分が好きなものだけでやり続けていいのか」という、彼なりの迷いのようなものも感じます。「エゴで終わらせていいのか」という葛藤が、どこかにあるのかもしれません。
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- 彼が書く脚本は、一見すると非常に過激でアングラなものに見えますが、その実、根底にある眼差しは驚くほど優しいですよね。直近の『重機前の夢』などもまさにそうでした。
- 熊谷
- そうなんです、本当に優しいんですよね。それは、彼が作る全ての作品に共通している気がします。一見すると尖っていて、超アングラで、観る者に突き刺さるような表現。でも言葉の端々に、小説的な美しさが宿っているんです。パッと見の鋭さに反して、中身はとても温かい。
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- その中村さんとの創作を経て、熊谷さん自身に変化はありましたか。
- 熊谷
- 私は「アンゴラに出会う前の自分」と「出会った後の自分」が、はっきり分かれているんです。出会う前の私は、演劇に対して「好き」という気持ちはあっても、それはどこかふわっとした大きな括りでの「好き」だったんです。でも、アンゴラで彼と対話を重ねて創作していくうちに、そのふわっとしていた感情がどんどんギュッと固まっていった。「なぜ私は彼の作品を好きなんだろう」と突き詰めて考えることで、同時に「ああ、だから私はあの作品も、あの人の芝居も好きなんだ」と、アンゴラに限らず様々な好きなものへの「好き」の理由が分かってきたんです。
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- 自分の「好き」の輪郭がはっきりした。その実感は、この先もずっと残っていくのでしょうね。
- 熊谷
- アンゴラのやり方はとても好きですし、それを携えたまま、もっと遠くまで飛んでいきたいという気持ちもあります。アンゴラで得た思考や創作への姿勢は、私の中に「根本の芸風」として残り続ける。そう確信しています。
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- 道筋は誰かが整備してくれるものではないですが、歩みは止められないですしね。
- 熊谷
- 私、基本的には飽き性ですし何にでもチャレンジしたいタイプなんです。だから、もし新境地への扉が開くなら、迷わず足を踏み出したい。たとえそうなったとしても、それは「過去を捨てる」のではなく、「それらを経て次に進む自分」になることだと思っています。
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- 『餓鬼の断食』のサクラも、まさにその「離れること」への葛藤を抱えていました。
- 熊谷
- そうですね。サクラと私の違いを挙げるとすれば、私は「切り捨てる」とは思っていないところかもしれません。サクラの場合は「もう切り捨てるしかない」という、ある種の絶望や危うさを孕んでいましたが、私は、これまでの全てを「経て」今の自分でいたい。
リフレクタークマ(ティール)
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- 今日はお話を伺ったお礼にプレゼントを持ってきました。
- 熊谷
- 本当ですか!ありがとうございます。さっそく開けてみてもいいですか?
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- もちろんです。
- 熊谷
- わあ、めちゃくちゃ可愛い! ありがとうございます。
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- クマの形をしたキーホルダーです。暗いところで光を反射するリフレクターになっているので、夜道の安全グッズとしても使えると思います。
- 熊谷
- 嬉しいです。苗字が「熊谷」ってこともあって、クマにはかなり親近感が湧くんですよね。さっそく鞄につけますね。本当に可愛いです。ありがとうございます。