笠井 友仁
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笠井 友仁

演出家。アートディレクター

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現代演劇レトロスペクティヴ エイチエムピー・シアターカンパニー 『阿部定の犬』

__ 
今日はどうぞ、よろしくお願い申し上げます。本日は、次回公演「阿部定の犬」について伺えればと思います。まず、今回はどういった経緯で企画が立ち上がったのでしょうか。
笠井 
よろしくお願いします。この公演はAI・HALLの現代演劇レトロスペクティヴという企画で、先方から佐藤信さんの戯曲をという事で頂きまして。佐藤信さんは、当時の言葉で言うと「アングラ四天王」と呼ばれていまして。つまり唐十郎さん、寺山修司さん、鈴木忠志さん、佐藤信さん。このような偉大な日本の劇作家の作品をやれるんですね。佐藤信さんの戯曲をいくつか読んでいたんですが、鼠小僧次郎吉シリーズもしくは昭和三部作、どちらにしようと思ってたんですよ。
__ 
ええ。
笠井 
僕は昭和54年生まれなんですが、その年の生まれって10歳になるかならないかで年号が平成に変わっているんです。実は昭和に対する実感はそれほどない。昭和の真っ只中には生きていないですからね。だからこそ私自身、昭和という言葉に懐古的な魅力を感じていたんです。そういう訳で昭和三部作に興味が出て。中でも「阿部定の犬」は昭和11年の2・26事件から始まる1年間の話。佐藤信さんがこれを上演したのが昭和50年。という事で、そのおよそ40年後に当たる現在、もしかしたら共通点があるんじゃないかなと思って選んだんです。
エイチエムピー・シアターカンパニー

2001年に「hmp」という劇団名で活動を始め、ハイナー・ミュラーの作品を中心に舞台作品を発表。2008年に現在名に変更する。現在は『「再」発見』を劇団のミッションとして忘れられていたことを掘り起こすこと、見過ごされてきたことに焦点を当てることを軸に、主に
1. 同時代の海外戯曲シリーズ、
2. 現代日本演劇のルーツシリーズ、
3. 実験的なオリジナル作品
のカテゴリで創作を行う。演出の笠井友仁が日本演出家協会主催<若手演出家コンクール>にて優秀賞や2014年に上演した『アラビアの夜』の演出にて平成26年度文化庁芸術祭新人賞を受賞している。

現代演劇レトロスペクティヴ エイチエムピー・シアターカンパニー 『阿部定の犬』

作:佐藤信
演出:笠井友仁
出演:高安美帆 / 森田祐利栄 / 米沢千草 / 澤田誠 / ごまのはえ(ニットキャップシアター) / 中村彩乃  / 赤星マサノリ(sunday) / あらいらあ / 有北雅彦(かのうとおっさん) / 合田団地(努力クラブ) / 熊谷みずほ / 諏訪いつみ(満月動物園) / 林田あゆみ(A級MissingLink) / 稲葉良子 他
【伊丹公演】
2015年8月6日(木)18:00
7日(金)18:00
8日(土)14:00
9日(日)14:00
【東京公演】
2015年8月19日(水)18:00
20日(木)14:00

「阿部定」というヒーロー像

__ 
まず、阿部定という人物について。男性の局所を切り取って逃走し、その後多くの文化人のアイドルになったり色々あって最後には小料理屋の女将になり、今は行方消息不明。その適当さたるや、まるでモンパルナスのキキですね。ファム・ファタールの典型例だと思うんですよ。笠井さんはどう思われますか?
笠井 
もっともだと思います。まず阿部定の時代についてなんですが、昭和天皇という人が当時、もの凄く重要な人物だったんですね。言葉は違うかもしれないんですが一種のヒーローだったんです。彼に対して対抗出来る唯一の巨大なヒーローが阿部定だったと思うんです。
__ 
ヒーロー?
笠井 
昭和11年に関しては、2・26事件よりも阿部定の事件の方が興味を引いたと思うんですよね。阿部定の事件は自分達に身近で、鬱屈した時代の気分を一新してくれる事件だったと思うんです。残虐性だけじゃなくて、一種、英雄視された部分があるんじゃないか。この戯曲「阿部定の犬」の舞台は「東京市日本晴区安全剃刀町オペラ通り」に「あたし」と名乗る阿部定が訪れて町を引っ掻き回すというお話です。さて、阿部定の起こした事件、つまり異性の生殖器を切り取るというのは、自分の子、遺伝子、つまりコピーを残せないという事ですよね。これは町とか国とかにとってかなりの脅威な訳です。
__ 
子孫のメタファーを殺害されるという事ですね。
笠井 
天皇を頂点としたイエ制度は、今もやっぱり私たちのバックグラウンドにはある訳じゃないですか。この時代の人たちにとっては特に。阿部定はそれを断つ能力を持っていたという訳だから、町の人々にとって脅威ですし、いわゆる国という体制からしても脅威なんですよね。それがこの戯曲の中心になっています。
__ 
事件のセンセーショナルさが人々を驚かせ、メタファーの殺害という意味では人にも国にも脅威を与えていた。
笠井 
芝居の楽しみ方としては、そうした作家の思惑はありますが、下品さとか残酷さ、そして笑える部分を楽しんで頂ければと思います。私からすれば下ネタのオンパレードですね。
__ 
とても楽しみです。合田団地とかもいるので、彼の薄暗い下ネタは楽しみですね。
笠井 
彼の役柄もとても独特で、楽しんでいただけると思います。

にんじょう沙汰

__ 
阿部定のヒーロー像について、もう少し。何故、その時代の人々にとって彼女はヒーロー足り得たのでしょうか。
笠井 
私も資料をあたってはいるのですが、中々、その時代の人の気持ちに共感するところまではいっていなくて。でも、当時1935年の三大事件とされる「2・26事件」「阿部定事件」、それから、上野の動物園から黒豹が脱走した事件があったそうなんです。3つの事件に共通するのは、緊張感のある事件であったこと。一見、どれもハッピーな事件ではない。その中でも人々が話して楽しめるのは「阿部定事件」。彼女の事件の理由としては、愛する男を我が物にしたいが故に殺しているという事に共感を覚える。現代の私たちが聞いてもロマンを感じませんか。
__ 
感じますね。
笠井 
首を締めて殺した訳ですけど、その日初めて締めた訳じゃなくて、性行為に及んだ時に何回か締めた事があるそうです。その日男が「そのまま絞め殺してくれ」と言う訳ですよ。我が物にしたい彼女としては「じゃあいっそ・・・」と思うし、「その時、まさか本当に死ぬとは思わなかった」と言ってる訳なんですよ。彼女が恩赦によって刑期が短くなり釈放されるというのは、そこまでひっくるめて、運命みたいに思いますよね。
__ 
ドラマティックですよね。
笠井 
相手の男には妻がいましたから、その妻に性器が触れられるのを嫌って切り取ったそうなんですね。そこだけは誰にも触らせたくないという思いで。「阿部定の犬」の「あたし」も、その性器を風呂敷に包んで大切に持っているというところからスタートしています。

矛盾の時代

__ 
先ほどおっしゃっていた、現在と阿部定の事件の共通点とは。
笠井 
昭和というと、どうしても私なんかは戦争を思い浮かべてしまうんですよ。いわゆる高度経済成長期を含めて、戦後の昭和と戦中の昭和が念頭に出てくるんですね。ところが戦前の昭和というのがあって、1936年は戦前の昭和なんですね。でも戦中の昭和と近いものはある。現在との共通点で言えば不況、大震災(関東大震災と東北大震災)、非常に社会の制度が変わったこと。実は私の祖母に、1936年の思い出はないですかと手紙を送ったんですが、その返信が返ってきて。祖母は当時中学生くらいの年齢だったそうですが「嫌な思い出しかない」と。当時既に憲兵隊というのがあって、妹と一緒に闇市にいたら憲兵隊に目を付けられて追い回されたとか。
__ 
キツいですね。
笠井 
その反面、宝塚歌劇団や、SKD(松竹歌劇団/Shouchiku Kageki Dan)があり、大衆文化が華やかに開きつつある時代でもあったんです。政治的には非常に不安定でもあり、けれども人々は賑いを見せていた時代でもあったんです。アルファベット3文字の女性グループが流行しているのは非常に今っぽいじゃないですか。これから昭和を迎えるのかもしれない。「阿部定の犬」は、これから我々が迎える『昭和』を予言する作品であるのかもしれません。
__ 
どんな気分で昭和を迎えなおすのがベストなんでしょうか。
笠井 
それは最悪の気分になると思います。また昭和を迎えないように色んな人が発言していっていますよね。例えば原発の事だったり、憲法の事だったり。それをもし放っておくと、再び1936年を経て戦中の昭和を迎えるという事を危惧しているからです。

パフォーマンス/オーケストラピット

__ 
少し話題を変えて。俳優を考える時、つまりキャスティングする時、俳優に求める事はなんですか。
笠井 
僕の個人的な嗜好で言うと・・・演劇の持つ魅力を十二分に見せてくれる俳優に魅力を感じます。ではどういう部分がその魅力なのかというと、何もない状態でも物語を伝えられる事だと思うんですね。それは語りやマイムでもいい。シンプルな空間にあっても、そうしたパフォーマンスだけで魅力を伝える事が出来ること。
__ 
なるほど。
笠井 
今回、スタッフ全員で話して、「阿部定の犬」のキャラクターを膨らませるキャスティングをしたつもりです。中でも、東京の青蛾館からお越しいただいた、のぐち和美さんは蜷川幸雄さんの「ハムレット」にも出演されていてぜひ注目して頂きたいです。他にもとても面白いキャスティングですので、楽しみにしていただきたいです。
__ 
キャスティングも楽しみです。いつか、こんな芝居を作りたい、というのはありますか?
笠井 
うーん、それはある意味究極の質問ですね。今は「阿部定の犬」に全力で取り組んでいて。それを考えるにしても来年度という事になりそうです。ただ、「阿部定の犬」をどういう芝居にするかといえば、実はこの作品のベースにあるのはブレヒトの「三文オペラ」なんですね。ブレヒトは当時、クルト・ヴァイルという音楽家とタッグを組んで、砕けたオペラを作っていたんですね。「三文オペラ」というのは、ジョン・ゲイが当時作った「乞食オペラ」をベースにしているんです。貴族達に見せるものよりも、ずっと砕けたもの。僕も将来、機会があったらオーケストラピットに音楽家達を招いて、くだけた形の音楽劇をやってみたいなと思います。今回も音楽劇である事は間違いないんですが、残念ながらオーケストラピットまでは作れないです。いつかやれるなら、50名の人物が出てくるような音楽劇をやりたい。
__ 
最近よくインタビューで使う質問の中に、「300億円あったらどんな作品を作りますか?」というのがあるんですが、それぐらいあったらオーケストラピットごと3つは並べられますね。
笠井 
もしそれぐらいあったら年間を通じて作品を製作しますね。
__ 
素晴らしい。逆に、そういう風に定期的に開催しなければガラコンサートとしてやる意味も半減しますね。
笠井 
クルト・ヴァイルの楽曲を編曲した形で作るんですけど、彼のオペラはやっぱり興味深いんですよ。全く新しい事をやっています。音楽の専門家に聞いたところ、彼がポップスのベースを作ったそうなんです。今の人が聞いて親しみやすい要素があり、ワルツとかタンゴの要素のある楽曲もある。耳が楽しいんですよ。是非聞いて欲しいですね。

進まなかった道

__ 
笠井さんは演劇をやっていなければ何をしていたと思いますか?
笠井 
高校の進路調査で、将来何になるんだと聞かれて、1番目に詩人、2番めに考古学者、3番目にパフォーミングアーツ関係の職種を答えたと思います。

質問 池田 鉄洋さんから 笠井 友仁さんへ

__ 
前回インタビューさせて頂いた方から質問を頂いてきております。表現・さわやかの池田鉄洋さんです。順番をミスってしまったので、吉見拓哉さんへの質問をそのままさせて頂きます。申し訳ありませんが・・・。「演劇の脚本を作る時、自分の実体験を使ったりしますが、恥ずかしくてごまかしたりするんですが、どうですか?」
笠井 
池田さんとは一度、精華小劇場での同じ演劇祭で遭遇した接点はありますね。その当時の事を思い出しました。2006年です。質問にお答えしますと、実体験は大事ですね。太田省吾さんの「更地」を演出したとき、私の結婚後のエピソードを話したりしないと実感の籠もった演出にはならなかったりしました。というか、実体験がないと何も作れないんじゃないかと思うぐらい。という訳で実体験はどんどん活用すべきだと思うんですが、それをそのまま出されてもお客さんは分からないと思いますので、それを加工するのが作品だと思います。実体験が1%しか残っていない人もあれば、半分ぐらい残っている人もいますよね。
__ 
自分の心のやわらかい部分を隠したいという気持ちも、中にはあるのでは。
笠井 
自分の感性が研ぎ澄まされていくと、隠したいというよりは見せたい、んだけど、そのまま見せられてもお客さんには通じないエピソードって沢山あるじゃないですか。そこで相対化していく作業が創作だと思うんですよね。でも隠さないで全て出す作家もいます。それはそれで魅力的ですよね。

広場としてのカンパニー

__ 
今後、どんな感じで攻めていかれますか?
笠井 
そうですね。4、5年前のある時、新聞記者の方に受けたインタビューで答えた事なんですけど。「笠井さんは何を目的に演劇を続けているんですか?」と。その時答えたのは、「演劇を通じた出会い」でした。僕がもし仮に演劇をしていなかったら仕事場と家の往復だけの人生になっていたかもしれません。それも悪くはないと思うんですけど、自分としては色んな人と会って色んな事を吸収したい。今回の「阿部定の犬」で言うと、まずはクルト・ヴァイルの楽曲と出会えた事。これまで劇団では音楽は使っていたし楽曲製作をしてくれる吉岡一造さんもいますので、音楽に関心がなかった訳じゃないですけど、クルト・ヴァイルの楽曲と出会って刺激を受けられたんです。その為には、今後も出会い続けなければいけないと思うんです。Facebookの日記を読んでいるだけじゃダメだと思うんですよ。知識というよりは経験。これを伸ばすには、多くの人と出会い、人と出会えるようなある種の広場のような演劇を続けたいと思っています。もちろん年齢や身体の事もあるし、どこかでピークを迎えるかもしれません。でも70代・80代になっても続ける。こういう攻め方をしたいですね。
__ 
遠大ですね。
笠井 
ですから、名前を広めたいとか富を得たいとかの関心は、実は他の人よりも薄いかもしれません。
__ 
出会っていく、広場のような演劇。それはそこに集った人にとってもそうですね。
笠井 
そういう意味では、今の現場は理想的かもしれません。自分にとっても周囲にとってもそうした現場を作れるというのは、良い作品を作れる第一歩だと思っています。

一輪挿し

__ 
今日はですね、お話を伺えたお礼にプレゼントを持ってまいりました。
笠井 
本当ですか!ありがとうございます。そんな事があるとは。
__ 
どうぞ。
笠井 
開けてもいいですか。これは・・・
__ 
大したものではないんですが、何かの昭和の時代のデッドストックの花瓶です。安物で申し訳ありませんが。
笠井 
いえいえ。一輪挿しとして使えそうですね。公演が始まるとお花を頂くんですけど、部屋の色んなところに飾るといいんですよ。
(インタビュー終了)